2013年7月9日火曜日

電気ケトル が 断線??

毎日毎日、35℃、36℃、37℃と、信じられない様な梅雨明け後の日本。例年では、エアコンは使用しても、午後2時以降から夕方まで・・・程度でした。しかし、今年の夏は夜の気温でさえ25℃以上、夜明けの5時頃の気温でさえも26度とか。電気料金の値上げが実行されている現在、消費電力を極力制限したいにも拘らず、毎日毎日、朝のテレビでも、熱中症には充分ご注意下さい。今日も、暫くは耐えて来ましたが、しかし、午前11時に31℃を超えた時、遂に耐え切れずにエアコンのスイッチを入れた次第です。昨日の夕方位から、気温の為かどうかは解りませんが、少し頭痛が出ていたので、用心の為もスイッチオン。電気代は掛かるでしょうが、これも生き延びる為には止むを得ないかな…と。
 昼食に備えてお湯を沸かそうと、テーブルの電気ケトルにスイッチを入れました。超小型のケトルですので一度に0.8リットルしか入りません。そこで、湧いたお湯を急須に注ぎ、もう一度、電気ケトルを水で一杯にして、再度スイッチオン。暫くすると、未だスイッチを入れて1分も経たないのに、自動的にスイッチが切れたのです。エッ? 何? と、スイッチをもう一度入れ直しましたが、スイッチは入れられるのですが、電源ランプは点灯しません。アレッ? 故障かな?・・・。
テスターを出して来て、点検の開始です。ポットをセットする台座には間違い無く100Vの電気は届いていました。従って、故障は、上部、電気ケトルの本体内と断定出来ました。念の為、ケトルの底、100Vの電源を接続する部分、その両端子間の抵抗を測ったところ、テスターの表示は「1」の表示です。テスターの表示、抵抗値を計測して「1」の表示の場合には、その端子間は電気が流れていない、つまり、断線している・・・と、いう事です。
 2,000円もしない電気ケトルですが、購入したのは昨年の11月、毎日、毎日、良く働いてくれました。ここで廃棄したのでは、余りにも申し訳ないので、原因調査を開始しました。道具はプラスのドライバーとマイナスのドライバー。プラスのドライバーはビスか、木ネジを回す為、マイナスのドライバーは、本体がプラスティック製の為、いろいろの個所でパチンと、かみ合わせで止めている部分が多いと思ったからです。ヒーター本体の断線の場合には、修理は不能ですから、その場合には買い替えも考えますが、スイッチ付近の故障でしたら、修理は可能・・・と、考えての作業開始でした。まず、最初は、外から見えるビス、木ネジの取り外し。底面に3本のビス。取り外しましたが、分解できる兆候は一切無し。ケトルの蓋を開いて、その蝶番部分、どうもプラスティックの突起で止まっているだけ。マイナスドライバーを慎重に当てて、蓋の取り外し。蓋を取り外すとグリップの一番上に木ネジが2本見えました。それを外して、それからは、マイナスドライバーの出番です。グリップの外カバーがスパッと外れました。それと同時に、底部分の周囲のカバーが外れ、中の部品はすっかりその姿を現したのです。後はテスターを要所、要所に当てて、何処が悪いのか部品のチェック。ヒーターの通電はOK。本体のヒーターは切断では有りませんでした。
 スイッチの通電、ON, OFFは可能か・・・?  これもOK。残る部品は1個、絶縁カバーに包まれたコンデンサーの様な形の部品、これが全然通電無し。断線の原因はこの部品と判明しました。しかし、ヒーターと直列に、コンデンサー等が入る事は、雑音防止でも有るまいし、考えられません。部品の周囲を見ると、169℃の表示が有り、これは温度ヒューズと判明しました。そこで、温度ヒューズの価格を通販で調べたところ、2本入りで500円。早速、通販で発注しました。ここからわざわざ日本橋まで電車地下鉄で出掛けると、往復960円掛かります。部品は、本当は1本有ればよいのですが、販売元も1本の郵送では、割が合わないのでしょうから、仕方ありません。部品到着まで、3~4日は掛かるでしょう。それ迄は、バラバラにしたケトルは、そのままの状態で留めネジだけは、それそれの位置に軽く止めて、組み立てはしないで袋に入れて保存しておきます。
部品が届いた時に、断線した温度ヒューズを、新しい温度ヒューズに取替えて、半田付けすれば、修理は完了します。ヤレヤレ、これで新しいケトルを買わなくても済みました。

2013年7月6日土曜日

MRI検査の結果 "治療方法は、手術しか無い!!"

私が初めての就職、未だ若かったです。23才の時、最初に与えられた仕事は、手書きの設計図を清書する仕事、トレーシングでした。手書きの設計図を下に置いて、その上に幅約1メートルのトレーシングペーパー。トレーシングペーパーの裏はツルツル、何も書けませんが、表はザラザラになっている樹脂製の用紙です。そこに、烏口、丸ペン等を使用しての清書です。最近ではコンビューターによるCADも有りますので、もしかすると、このトレースという業務は、もう存在しないのかもしれませんが、この当時は、国産のコンピューターなどは未だ発売されていない時代でしたので、図面の清書は手書きしか方法は有りませんでした。ボードを斜めにセットして、身体に無理な姿勢をしなくても良い様になっていますが、当時、その様な台は有りません。普通の事務用机を並べた上に、原稿とトレーシングペーパーを置いての写し書きでした。最初に取り組んだのは大阪府の伊丹空港付近から堺市まで走らせる予定の中央環状道路の図面でした。畑、建造物、斜面の記号、寸法の数字等、手書きの物、全ての青書でした。毎日毎日、前かがみになっての作業、時々、腰を延ばしてはポンポンと腰を叩いたり、腰を後ろに曲げたり・・・、腰の受ける負担は非常に大きいと感じてはいました。しかし、1か月を経た頃に、余りにも腰が痛いので、整形外科を受診したところ、「腰椎変形腰痛症」との事でした。早速、コルセットを作って頂き、その場は切り抜けました。それからの人生は、腰痛との戦いでした。症状の治まっている時は何も影響は無いのですが、毎年、2回から3回、ギックリ腰で、その都度コルセットを着用して凌いできました。大阪、中の島の整形外科医院に何十年もお世話になっていました。いつも院内処方で、帰宅する時には薬を沢山頂きましたが、それらは真面目に指示通りに服用を続けていたのです。腰の痛みのひどい時、月に1回程度は、腰椎に麻酔薬を打って頂いて楽になっていたのです。
 平成1410月でした。いつも通りに麻酔を打って頂いて、ベッドで約1時間休息、医院を出て会社に戻ろうと歩きだして約100メートル、そこで突然、今迄感じた事の無い足、腰の痛みで歩く事が困難になりました。医院に引き返そうにも、ビルの中、エレベーターに乗る事にも抵抗が有ったので、通りすがりのタクシーを止めて、兎に角、会社まで辿り着きました。会社内でも暫く休んで、どうにか帰宅しました。その帰宅時、どの様にして帰宅したのか、いま思い出そうとしても、全然記憶が有りません。兎に角、足、腰の痛みで、自力での歩行が出来ないのです。暫くは会社を休んで、治療に専念したかったのですが、都合の悪い事に、もうすぐ税務署の立ち入り調査が有るという事が、税務署から連絡が入っていたので、総務部長として、私が休むという事は絶対に不可能でした。翌日、会社への出勤は、歩行用に1本杖を購入はしたものの、僅かな歩行がやっとでしたので、電車通勤は諦めて、マイカーで出勤しました。当時はオートマでは無くて、ミッション形式のワゴン車に乗っていましたが、運転に影響は何も有りませんでした。しかし、痛みは日毎に増して来て、最後には、松葉杖での歩行を余儀なくされました。
 無事、税務署の調査を完了した翌日、会社の近くの大きな病院を訪ねました。整形外科の診察室に入ると、松葉杖姿の私を見て、先生は 「そんなに酷くなったのを、この俺に直せと言うのか??!!!」と、大声を出されました。午後から早速MRI検査、その結果を伺いに診察室に入ると 「えーかっ! 診断結果、病名を言うぞ!・・・  大腿骨董壊死 !! 手術しか治らん!」
簡単に治療できる物と考えて、会社の近くの病院に行ったのですが、入院手術となれば、自宅の近くが必要と話すと、高槻の大阪医科大学に行くよう勧められ、翌日は、その病院に行っての診察。患者が多く手術の予定は中々取れませんでしたが、1224日と決まりました。大腿骨の先端、ボール状になっている部分が壊死の状態なので、それを切断、セラミック製の人工骨を大腿骨に接続、治療が遅れた事から、骨盤側の関節も傷んでいるとの事で、骨盤側も樹脂の関節に取り替え。5時間の予定が7時間の大手術でした。全身麻酔でしたから、私は何も知りませんが、電動ノコギリ、ハンマー等を使った、大変な手術だったろうと思います。3ヵ日からは車椅子。1ヵ月で退院、松葉杖での電車通勤。勿論、リハビリも通いました。4月からは、自転車で市民プールに通って、水中歩行の自主トレーニング。その年の12月からは、職場に復帰しました。手術直後は脱臼を心配しましたが、それも無く、歩行も普通通り、このレントゲン写真以外では、人工関節とは誰も解りません。手術から11年経過しましたが、歩行等、行動に問題は全然ありません。
 本当は、この大腿骨董壊死の原因、その事について書きたかったのですが、余りにも永くなったので、次回、原因となった薬について詳しく書きたいと思います。

2013年7月2日火曜日

突然、一部のch、テレビが受信不能に!!

昨日、月曜日の昼過ぎの事ですが、テレビの7chと8chが受信出来なくなりました。衛星放送は何等問題無し。地上デジタルの一部が受信不能です。我が家の場合、BSパラボラとUHFアンテナを合流の上、1階と2階に分岐して、各部屋に配線しています。又、パソコンのチューナーにも接続していますが、パソコンのチューナーは、全チャンネルが受信不能となっていました。テレビのチューナーはパソコンのチューナーと比較しますと、非常に弱い電波でも受信できるようになっているので、今回のトラブルは受信電波の強度ダウンだと推察できました。すぐにテレビアンテナケーブルの状態の点検を実施。BS放送は問題が無いので、UHFのケーブル、接続等を点検しましたが、どこも問題無し。ところが、いろいろチェックしている時に、ホンの極く一時ですが、パラパラと、正常に受信できる時が有った事から、兎に角、接続部分を何度も何度も点検しました。しかしそれ以上の進行は無く、半分諦めて、夕食を終えました。
 地上デジタル放送のチャンネルは、あくまでテレビ受信機の受信番号の事で、実際の送信周波数は、地方によって様々です。ここ近畿地方、大阪では送信周波数は13chから18chの間、NHKの総合だけが少し周波数の高い24chで放送されています。テレビの7chと8chが受信出来ないのは実際には17chと18chの放送でした。
 一度は本日の作業はここまで・・・と、諦めたけど、それからもあれやこれやと頭をめぐり、とても寝付けません。そこで、もう一度、道具を出して再度点検。手許に電界強度計があれば、簡単なのですが、その様な物はアマチュア無線の関係以外では持っていませんので、一つ一つの点検するしか方法が有りません。接続に問題を見付けられなかったので、次に分配によるゲインロスをカバーする為にブースターをも入れているのですが、それを外して、ダイレクトに接続してみました。すると、今迄の受信不能が嘘みたいに、ピタッと受信できるようになりました。このブースター(写真)は、UHFの信号は何もしないで通過(実際には-3dB)、BS放送はゲインをアップする筈なのですが、原因は解りませんが、何かの影響(故障だと思いますが)で、UHF波が大幅にロスしていたと思われます。一時は、1階に下ろすケーブルの断線かと思い、4C-FBのケーブルを、途中で切断してのテストも行いましたが、問題が把握出来たので、今度はそのケーブルをもう一度接続しなくてはなりません。4C用のコネクターは何個も所持していましたが、F型中継接栓が手許には有りませんでした。アンテナケーブルを切断したままでは放置出来ませんので、道具箱をいろいろ探して、兎に角、同軸ケーブルを接続できるパーツ、壁面埋め込み型の接栓等を利用して、どうにか接続、雨等の影響の無い様、ビニールテープを巻いて、急場しのぎは一応完了しました。
 受信側のテレビは何も問題はありませんが、パソコンの受信機は、受信出来ません・・・と、一度記憶のchを全て消去してしまいましたので、それから改めてch設定。予定番組等を受信して、作業は一応完了しました。
 今日、お昼前に近くのホームセンターへ出掛けて、F型中継接栓を購入して来ました。昨日、無理矢理、接続したケーブルを、F型コネクター2個と、中継接栓を用いて完全な接続を実行しました。久し振りに作業したので、随分疲れたーーー。ヤレヤレ、お疲れ様でした。


2013年6月30日日曜日

模型飛行機 ライトプレーン



小学校5年と6年では、クラブ活動として模型クラブに入っていました。最初に作ったのはゴム動力のプロペラの付いた紙飛行機でした。1cmの角材を胴体にして、竹籤で作った翼に紙を貼って飛行機の完成。胴体の先端に付けた大きな木製のプロペラを人差指でクルクルと回して、ゴムを巻いて、それを空に飛ばしていました。胴体の長さでいろいろのサイズの飛行機が有りましたが、最初は40cm位からのスタートでしたが、段々と欲が出て来て、1m位の大型の飛行機も作りました。年に一度でしたが、校内で模型飛行機の大会も開催され、その時はクラブで作ったものとは別に、1.5m位の大型のグイダーを見本演技として、飛ばした事もありました。最近ゴム動力の紙飛行機は、見た事が有りませんが、現在ではもう販売されてないのですかね。最近は模型屋さんにもご無沙汰ですので、解りませんが・・・。今朝、インターネットで検索してみましたが、ほとんど販売されてないみたいでした。次に6年生になって始めたのは電動の鉄道模型でした。鉄道模型といっても、現代の物とは違います。当時の鉄道模型はレール幅が32mm<それも2線式のレールでは無く、中央にもう1本レールの付いた3線式のレールでした。左右の車輪が両輪共、車軸と繋がっていて、それが絶縁されていないので、車輪だけからでは+-の電気を受ける事が出来ないのです。そこでもう1本、中央にレールを設けて、又、車両側ではレールシューという部品を取り付けて、中央のレールと接触、それで電気を受けて走る方式でした。車輪も2個だけの方式の組み立てキットの電車でした。電車のボディも勿論附属はしてありましたが、真鍮製ですか、塗装などは勿論有りません。でも、クラブの全員が喜んで、制作に夢中になって取り組みました。モーターを下向きに付けて車軸のギャと直角に取り付けて、車輪を直接回す方式でした。組み立てが完了するまでは、自宅に持ち帰る事は許可されませんでしたので、一日も早く完成させようと、毎週、一生懸命に取り組みました。学校のレールで試運転をして、全員がやっと自宅に持ち帰る事を許可されました。自宅に持ち帰っても、自宅で走らせる事は出来ません。自宅にはレールも無かったのです。当時、子供達にその様な小遣いは与えられていませんでしたから、なかなか購入する事も出来ず、苦心した物でした。レールは、円形に繋がる1周出来る様にワンセットを買えば良いのですが、なかなか高価でしたので、私は1mの直線レールを2本買って、それを板の上に貼り付けて一応レールは、2mの長さですが、出来上がりました。レールに電気を流すには、変圧器が必要でした。そのスライダックス式のコントローラーが、又高価だったので・・・、公務員の父親に頼み込んで、そのスライダックス式のコントローラーを買って頂き、2mのレールを往復させる事が出来ました。最近の鉄道模型、HOゲージか、更に小型のNゲージになっていますが、直流電気を使用しています。家庭用の電気は100Vの交流ですから、それを直流に変換する整流器も必要になります。当時は電源は100Vの家庭電気、電圧を下げただけの、交流電源で走らせていました。ですから、コントローラーの操作だけでは、前進、後進の切り替えが出来なかったのです。確か、車体の横に、前進と後進を切り替えるスイッチが付いていたと思います。私は自宅の2mの線路の両端に、そのスイッチを自動的に切り替える装置を自作して、前後進の連続運転を出来る様にしていました。最近のNゲージはレール幅が確か9mmだったかと思いますが、それで有ればテーブルの上で走らせるような円形レールも、比較的簡単ですが、当時のOゲージのレイアウトを自宅に設置するなんて、特別の方しか出来ませんでした。それから考えると、最近は何でも、良くなりましたね。大人になってからですが、HOゲージのレイアウトを自宅で作りかけたました。ベニヤ板3枚、畳3枚分の大きさで、作りかけましたが、部屋が狭いので、やはり途中で諦めました。HOゲージの蒸気機関車も買っていたのですけど・・・。高校生の頃に、東京の交通博物館で見た大きなレイアウト、見るだけでも大変な感激でした。今でしたら、ホント、小さいけれど、レイアウトも組めますよね。ボヤキの連続ですが、兎に角、これが私の模型作りのスタートラインでした。

2013年6月22日土曜日

台風一過

台風の接近で久し振りに雨が降りました。ここ暫くは真夏以上に熱い日々が続いていましたが、久し振りの雨に草木もホッとした事と思います。本当に長い間、晴天、それも炎天の日々が続きましたので、毎日、朝晩の庭への散水が手を抜けず、大変でした。この季節、庭に出ると、草木の間からヤブ蚊が喜んで飛んで来ます。ホースを持つ手も、じっとしていたのでは、蚊に吸いつかれますので、反対の手で手の表面を払いながら、夏の散水はホント、ヤブ蚊対策で大変です。北海道のメル友からネットの付いた帽子を送って頂いた事も有りましたが、近所の手前、そこまでは出来ませんでした。蜜蜂を扱う時などに使う、あのネットの付いた帽子です。庭に水撒きをする時に、あのネットはチョット大袈裟で今も大切にしまってあります。台風が熱帯低気圧になった途端、ここ大阪地方では雨も上がり、風もすっかり治まった感じです。風はそれ程ひどくは無かったのですが、雨は凄く降りました。昨日の夜は大変な雨音で、二階のベランダの屋根、塩ビの屋根に降る雨の音の大きいのには驚きました。テレビの音が聞こえない位でした。今朝庭に出て見ると、庭に置いていたポリバケツ、雨が溜まって、一杯になっていました。ここでも総雨量は300mm以上は降ったという事です。和歌山の方では大雨の影響で、山が崩れたり、線路脇の木が倒れて列車が不通になったりと大変だった様ですが、こちらは雨がひどかっただけで、被害は特には無かった様です。
台風の接近で久し振りに雨が降りました。ここ暫くは真夏以上に熱い日々が続いていましたが、久し振りの雨に草木もホッとした事と思います。本当に長い間、晴天、それも炎天の日々が続きましたので、毎日、朝晩の庭への散水が手を抜けず、大変でした。この季節、庭に出ると、草木の間からヤブ蚊が喜んで飛んで来ます。ホースを持つ手も、じっとしていたのでは、蚊に吸いつかれますので、反対の手で手の表面を払いながら、夏の散水はホント、ヤブ蚊対策で大変です。北海道のメル友からネットの付いた帽子を送って頂いた事も有りましたが、近所の手前、そこまでは出来ませんでした。蜜蜂を扱う時などに使う、あのネットの付いた帽子です。庭に水撒きをする時に、あのネットはチョット大袈裟で今も大切にしまってあります。台風が熱帯低気圧になった途端、ここ大阪地方では雨も上がり、風もすっかり治まった感じです。風はそれ程ひどくは無かったのですが、雨は凄く降りました。昨日の夜は大変な雨音で、二階のベランダの屋根、塩ビの屋根に降る雨の音の大きいのには驚きました。テレビの音が聞こえない位でした。今朝庭に出て見ると、庭に置いていたポリバケツ、雨が溜まって、一杯になっていました。ここでも総雨量は300mm以上は降ったという事です。和歌山の方では大雨の影響で、山が崩れたり、線路脇の木が倒れて列車が不通になったりと大変だった様ですが、こちらは雨がひどかっただけで、被害は特には無かった様です。
過去には、我が家も浸水の経験はあるのです。あれは何年前でしたか、大分に転勤で行っていた時でした。夜、リビンクでテレビを見ていて、ふと気が付くと、ナント、庭に置いてあるプランター、空ではありません、中に土を入れて草花を植えてあるプランターが、移動しているのです。一瞬、目を疑いました。ひとりでプランターが移動するなんて考えられません。驚いて外を見ると、ナント、庭はすっかり水で覆われていたのです。その日は、大雨が降っていた訳でもないのです。慌てて玄関に行くと、玄関の靴もプカリブカリ。玄関の外へ出て見ると、庭は勿論、ガレージの車もホイールの真ん中辺りまで水に浸かっていました。大分に転勤してから新築した家でしたので、周囲の道路からは少しだけ高くなる様に土を入れていました。それで我が家は床下浸水で済みましたが、お隣は床上浸水だったと、その後伺いました。床下でしたから未だ良かったのですが、あれが床上まで浸水していたらと思うと、ホント、ゾッとしたものです。後から聞いた話では、付近を流れる川の水門調節を誤って浸水したとの事でした。大分では海に近い泉町に住んでいました。後日、市役所の方が被害調査にみえましたが、新築の際に、基礎の周りにも全てコンクリートを打っていましたので、特に被害としては有りませんでした。床上だけは勘弁してほしいです。現在の自宅でも、パソコン、カメラ等すべて一階に置いていますので、もし万一床上浸水だったら、泣くに泣けない、そんな気持ちになるでしょう。最後になりましたが、今回の台風でもし被害にあわれた方がいらっしゃいましたら、お見舞い申し上げます。

2013年6月18日火曜日

土日はブライダルのビデオカメラマン

何年前になりますか…、この写真にあります業務用のビデオカメラ、Sonyの DXC-M3Aを使用していました。現在ではCCDか、或いはCMOSの撮像素子のカメラになっていますが、この当時は真空管を使用していたのです。撮像用の真空管が三色用として3本、当時はそれを三管式と言っていました。電源はポータブルでしたら後部にバッテリーボックスが取り付け可能で、当時はまだニッカドのバッテリーでしたが、2本をセットする事が出来ました。この時代には、未だカメラにビデオはセットされていません。これはカメラ機能のみしか有りません。従って、動画記録をする為には、このカメラを別のビデオデッキにケーブル接続しないでは、記録する事は不可能です。移動しながらの撮影であれば、携帯用のビデオデッキを左の肩にかけて、カメラは右の肩の上、一人での移動撮影は今から思えば重労働でした。
ホテル等の結構式場からビデオ撮影の注文が入ったものを、私たち委託カメラマンが頂いて、撮影に向かいました。会場には、開始予定時刻の2時間前までには到着する事…と決められていましたので、土日の就業日は、朝早くからの出勤でした。出発前日までに、当日使用するビデオテープの頭部分にタイトル、『〇〇家 〇〇家 ご結婚式・ご披露宴』というタイトルだけを入れて会場に向かいました。会場に付くと、まずはカメラに電源を入れて、真空管を充分温める事から始めます。それから、タイトルに続いて表示されるよう、建物、会場の外観等を撮影、それで、テープの準備は出来ました。撮影会場に入ると、大型のビデオデッキ、私はビクターのVHSデッキ、BR-8600を使用していましたが、そのデッキとカメラをケーブルで接続しなくてはなりません。デッキは大型ですから、会場内を移動する事は不可能です。最近のテレビ局の移動撮影はカメラ、音声、照明、それとディレクターの方々が一緒に行動なさっていますが、ブライダルビデオは、撮影に関してはすべてを一人でカバーしなくてはなりません。私は移動用に30メートルのカメラケーブルを使用していました。長いケーブルを引っ張っての移動ですが、そのケーブルが、皆様の邪魔になる事の無い様に、細心の注意を払っての移動撮影でした。ケーブルは、一般のロープとは違いますので、ケーブルをまとめる時も、ロープをまとめる様にクルクルっとは出来ません。会場内にスペースがあれば、ケーブルを8の字風に巻いてスタンバイ。ケーブルを一方から引っ張ると、ねじれの無い状態で伸びて行く、その様な巻き方? 置き方を習得して、三脚に付けた照明付きのカメラで会場内を自由に移動しての撮影でした。結婚式が約30分、それから披露宴は会場等にもよりますが、おおよそ2時間半くらい。その間、途中での休憩などは一切有りません。常にカメラ操作です。しかし、本当はカメラの操作だけではありません。絶対に失敗は許されませんので、ビデオデッキは2台使用していました。カメラのスタート、ストップに従う物と、もう1台はストップ無し、つまり記録を常時継続しておくのです。こうしておけば、もし万一、カメラのスタート、ストップで撮影出来なかった場面があっても、最悪、修正が可能ですので、その様な方式で撮影を続けました。また、デッキの横には6インチのモニターも置いていました。現場での撮影が終わると、最後にエンドタイトルを入れ、また、お色直しで皆さんが会食のシーンには、BGMを入れて、それで納品用のビデオが完成していました。当時は、VHS、β方式の時代でしたので、極力ダビングをしての納品にならない様、オリジナルテープでの納品を心掛けていました。今は、6月ですよね。6月は結婚式が多いので、私達も大変でした。多い時には、1日で3組の撮影をする事も有りました。会場はほとんどの場合は、京都グランドホテル(今は名称が変わっています)、それから各地の市民会館、弥生会館等にも行きました。これは私にとっては、全て副業でしたから、普段は毎週1日の休みも有りませんでした。土日が仏滅になると、その日はお休みでした。今から思えば、ホント、若かったのでしょうね、休みなどは欲しいとも思いませんでした。当時のカメラ、VHSビデオデッキ等も未だ大切に保存していますが、もう使用する事もないでしょう。画質では、最近のカメラには勝てません。記念品として、大切に保管しています。

2013年6月9日日曜日

フレッツ光ネクスト に乗り換えました  

 今朝、庭の水撒きをしていた時、あまりの美しさに、カメラを持ち出しました。元気よく二輪、これでもかっ!といった感じで、圧倒されてしまう様な思いで撮影しました。庭の中から、二輪だけを浮かび上がらせる為、アングルは限定されましたが・・・。
この写真、A3ノビにプリントして部屋に飾っておきます。部屋の写真、暫く替えて無かったので。
パソコンの経験は、もう35年になりましたが、インターネットの経験はマダマダ新人です。国産で初めて発売されたキイボード式のパソコン、NECのPC-8001。お金を貯めて、日本橋まで買いに行きました。ディスプレイも同時に購入したので、結構、大きな荷物でしたが、電車で自宅まで持って帰りました。当時のディスプレイは勿論ブラウン管ですから、その重い事。キャリアーも何も無しで、手に提げて自宅まで辿り着きました。しかし、それからが大変でした。パソコンに電源を入れても、左上の隅っこでカーソルが点滅しているだけ。その当時、市販のソフトなんて有りませんでした。全て、自分でプログラムを組まなくては、パソコンは走りませんでした。毎晩遅くまで、BASICとの格闘。少しずつ慣れて、子会社の会計ソフトを作成して、そのプログラムを使用して税務申告まで実行した事も有りました。又、子会社として旅行代理店が出来た時は、その会社を通じて購入した切符、宿泊料等を会社の出張旅費として振替、親会社の経理システムに連動したデータに変換するソフトも作ったものです。インターネットをアクティブに使用し始めたのは、今年の春、YouTubeに動画を投稿して、それからです。それまでは、インターネットは、辞書代わりに使うとか、ま、メールは利用していましたが、今ほどアクティブに使用はしていませんでした。この春まではアナログ回線で充分だったのです。しかし、YouTubeの動画のアップロードに10時間以上も掛かる事を知って、光回線に変更したのです。それまでは最大1Mの速度でも不都合は無かったのです。これだけ早くなっても、更に早い回線も出て来るでしょうが、ま、私としては、現状で充分満足しています。


2013年6月4日火曜日

カラーテレビドアホン VL-SV36KLを取り付けました

通販で発注していたカラーテレビドアホンが、昨晩遅くに届きました。本当は昨日の内に取り付ける予定だったのですが、配達が遅かったので、取り付けは今日に繰り越し。従来から付いていたのは新築時に業者の方が設置して下さった物で、モノクロ画面。最近では録画機能も調子が悪く、取替えよう、取替えようと思いながら、今日になってしまいました。まず室内、親機の電源を落として、交換工事はドライバーだけでOK・・・と、門前の子機を取り外しに出掛けました。ところがナント、取り付けボルトが六角ボルトなのですが、その周囲にほとんど隙間が無いのです。厚みの薄いナット回しが無くてはボルトが緩まない。以前、どんなボルトかな?と見た時は、六角の頭の中央が窪んでいたので、六角レンチで作業できる…と判断していたのですが、ナント、センターの窪みは六角では無く、完全な円形でした。小さな穴の中に窪んでいるボルトを如何にして回すか、悩みました。マイナスかプラスのドライバーを当てて、ハンマーで叩いても、若しかすると良かったかもしれません。しかし、子機は郵便受けに取り付けられていますので、ハンマーで強く叩くと、郵便受けの取付台座を痛めてしまうかもしれません。それはまずいので、小型のヤスリを持ち出して、ボルトの頭に切り込みを付けようとしました。しかし、小さなボルトですが、広い所での作業と違って、狭い穴の中のボルト。簡単には切り込みが作れず、これだと一日仕事になってしまう…と、今度はニッパを持ち出して、取り付け部分の周囲から、周囲の壁を破ってボルトの頭を覗かせるように作業しました。最後はラジオペンチでボルトを挟んで、やっと取り外し完了。ホントにヤレヤレでした。こんなに手間が掛かるとは全然考えて居なかったし、手先だけの作業でしたので本当に疲れました。あとはケーブルの先端の圧着端子が錆びていたので交換取り付け。カメラの角度は前もって調整していた角度でOK。親機の取り付けは、簡単でした。作業料としては、壁に埋め込んでいるコンセントを交換するのと同じ位。モノクロと違ってカラーのモニターは凄く綺麗です。これからは留守の時でも、訪問者の姿を8コマずつ録画してくれるので、安心です。ヤレヤレと一休みしていたところ、庭の木の伸びた枝が目に止まり、今度は剪定用の鋏を持ち出して、植木の剪定。サツキ、梅、カボス。この位作業していたら、もう安心して、暑い夏が迎えられるかも・・・。

2013年6月2日日曜日

ヤシの実で甲板清掃

今日、お昼のテレビでたまたま見たのですが、帆船日本丸の甲板清掃は、ヤシの実で磨くと聞きました。私はその方面の経験が全然有りませんので、何故ヤシの実?と、凄く興味を抱いてしまいました。そこで、インターネットを開いて、ヤシの実の特徴を色々と調べてみました。ヤシの実にワックスに相当する何かが含まれているのかと考えたのです。しかし、どうやらそれは間違いの様でした。ヤシの実で磨くその効果、それはタワシよりも丈夫で、甲板を両手で体重をかけて使う、タワシとしての効果がベストだとの事と伺いました。海水の浸食を防ぐ何かが含まれているので、ワックス等よりも優れた効果が有るのかと考えたのですが、大変な間違いだった様です。それを教えられて、なるほどなーっと、納得しました。私も年齢だけは人並みにどんどんと重ねていますが、マダマダ知らない事がイッパイだと気付きました。これからもマダマダ、勉強しなくては…。

帽子のサイズ調整

毎日照りつける太陽、未だ6月になったばかりですが、日差しは真夏の太陽。先日、撮影に出かける時、帽子が欲しいな…と、探したところ、ナント、貰い物でしたが野球帽がありました。野球用では無く、ゴルフをする時等の帽子かもしれませんが、真っ白で誰かのサイン入りの帽子です。サイズを見ると『L』でサイズ調整も出来るようにバンド式の留め具が内側に付いていました。しかし、そのサイズ調整を一番大きくしても未だ少し私の頭は締め付けられていたのですが、そのまま被って撮影に出掛けたのです。お陰で暑さは少しは防げましたが、帰宅してからも頭が締め付けられている様な不快な感じが続きました。そこで、いつでも被れる帽子が欲しいな・・・と、思ったのですが、近くには帽子屋さんも有りません。頭のサイズを測りたかったのですが、工作用の金属製のスプリング式のメジャーしか無く、それで自分の頭のサイズを測るのは少し怖かったので、被っていた野球型の帽子の内径を測ってみました。スプリング式のメジャーを帽子の内側に沿わせて使用するのは、少し無理も有りましたが、約58cmと計測できました。帽子屋さんでデザイン等を考えながら帽子を選択するのが一番でしょうが、ここ何十年もの間、帽子を被った事も無かったので、帽子屋さんまで出掛けて、自分に似合った物を探して貰うのも、少し抵抗があり、通販での購入を考えたのです。一般的な型、中折を選びましたが、58cmで小さかったので、それより大きいサイズ、59cmの物は見当たらなくて61cmを選択したのです。届いた帽子を被ってみるとサイズはやはり大き目でした。そこで、インナーの裏側に貼ろうと、ホームセンター等で販売している隙間テープを探しましたが、見当たらず、その代わりに車両に小物を取り付ける時に使用する『ショックノンテープ』か゜出て来ました。幅が30mm有りましたので、ハサミで半分幅にして帽子のインナーの裏側に貼り付けました。少しずつ貼って試したのですが、結果としては全周に貼りつける結果になっていました。ま、こんなモノかな…と、それで一日は外出したのですが、何となく落ち着か無くて、試しに前側半分を取り除いてみたところ、それでやっとピッタリと落ち着いたのです。ホント、行くのが少し恥ずかしいな…とは思いましたが、最初から帽子屋さんまで出掛けておれば、ここまで苦労する事も無かったのですが…。
 そこで、フト思ってインターネットで検索したところ、やはり有りました。帽子サイズ調整用のスポンジテープ。最初から、この調整用のテープを知っていたら、何も苦労する必要は無かったのですが…。そこで、ご紹介しておきます。何かの時にご参考になさって下さい。
http://item.rakuten.co.jp/hatshop/10101/#10101  ここで、色々なサイズの帽子の内径調整用のテープが販売されています。(私とは何の関係も有りません。インターネットで見付けただけです)  ま、一般的には帽子屋さんに行ってお買いになるでしょうから、当然、帽子屋さんには有りますよね。失礼しました。