2017年6月13日火曜日

電気ケトル が 断線??


 昼食に備えてお湯を沸かそうと、テーブルの電気ケトルにスイッチを入れました。超小型のケトルですので一度に0.8リットルしか入りません。そこで、湧いたお湯を急須に注ぎ、もう一度、電気ケトルを水で一杯にして、再度スイッチオン。暫くすると、未だスイッチを入れて1分も経たないのに、自動的にスイッチが切れたのです。エッ? 何? と、スイッチをもう一度入れ直しましたが、スイッチは入れられるのですが、電源ランプは点灯しません。アレッ? 故障かな?・・・。

テスターを出して来て、点検の開始です。ポットをセットする台座には間違い無く100Vの電気は届いていました。従って、故障は、上部、電気ケトルの本体内と断定出来ました。念の為、ケトルの底、100Vの電源を接続する部分、その両端子間の抵抗を測ったところ、テスターの表示は「1」の表示です。テスターの表示、抵抗値を計測して「1」の表示の場合には、その端子間は電気が流れていない、つまり、断線している・・・と、いう事です。
 2,000円もしない電気ケトルですが、購入したのは昨年の11月、毎日、毎日、良く働いてくれました。ここで廃棄したのでは、余りにも申し訳ないので、原因調査を開始しました。道具はプラスのドライバーとマイナスのドライバー。プラスのドライバーはビスか、木ネジを回す為、マイナスのドライバーは、本体がプラスティック製の為、いろいろの個所でパチンと、かみ合わせで止めている部分が多いと思ったからです。ヒーター本体の断線の場合には、修理は不能ですから、その場合には買い替えも考えますが、スイッチ付近の故障でしたら、修理は可能・・・と、考えての作業開始でした。まず、最初は、外から見えるビス、木ネジの取り外し。底面に3本のビス。取り外しましたが、分解できる兆候は一切無し。ケトルの蓋を開いて、その蝶番部分、どうもプラスティックの突起で止まっているだけ。マイナスドライバーを慎重に当てて、蓋の取り外し。蓋を取り外すとグリップの一番上に木ネジが2本見えました。それを外して、それからは、マイナスドライバーの出番です。グリップの外カバーがスパッと外れました。それと同時に、底部分の周囲のカバーが外れ、中の部品はすっかりその姿を現したのです。後はテスターを要所、要所に当てて、何処が悪いのか部品のチェック。ヒーターの通電はOK。本体のヒーターは切断では有りませんでした。
 スイッチの通電、ON, OFFは可能か・・・?  これもOK。残る部品は1個、絶縁カバーに包まれたコンデンサーの様な形の部品、これが全然通電無し。断線の原因はこの部品と判明しました。しかし、ヒーターと直列に、コンデンサー等が入る事は、雑音防止でも有るまいし、考えられません。部品の周囲を見ると、169℃の表示が有り、これは温度ヒューズと判明しました。そこで、温度ヒューズの価格を通販で調べたところ、2本入りで500円。早速、通販で発注しました。ここからわざわざ日本橋まで電車地下鉄で出掛けると、往復960円掛かります。部品は、本当は1本有ればよいのですが、販売元も1本の郵送では、割が合わないのでしょうから、仕方ありません。部品到着まで、3~4日は掛かるでしょう。それ迄は、バラバラにしたケトルは、そのままの状態で留めネジだけは、それそれの位置に軽く止めて、組み立てはしないで袋に入れて保存しておきます。
部品が届いた時に、断線した温度ヒューズを、新しい温度ヒューズに取替えて、半田付けすれば、修理は完了します。ヤレヤレ、これで新しいケトルを買わなくても済みました。

2017年6月12日月曜日

韓国式の結婚式、初めての経験でした


( 当日の写真ではありません )
ブライダルビデオの撮影もすっかりマスターして、毎週土日は、京都グランドホテル(現リーガロイヤルホテル京都)に通っていた頃でした。今週は、別の会場の結婚式を・・・との依頼を受けたのです。会場は、京都グランドホテルのすぐ東、全く初めての中華料理店『東天紅』でした。初めての会場に出掛ける時は、前以て、その下見をしていましたが、この時はその時間が取れなかった為、ぶっつけ本番になってしまいました。ビルの中、確か三階だったと思いますが、結婚式場は神前式。素晴らしい作りの会場でした。雅楽の演奏も、多くの会場ではテープか何かで流す所が多いのですが、ここは完全な生演奏でした。笙、ひちりき、りゅうてき等、3人の方々の演奏でした。初めて聞く生演奏で、新郎新婦の衣装は、韓国式の正装でした。何もかもが初めてでしたが、式の進行その物は、日本式と何等変りなく撮影は順調に完了しました。
 次の披露宴、会場に入って、テーブル、椅子の配列がいつもとは全然違う事に、まずビックリ。司会の方は、韓国系の方でしたが、私達との打ち合わせは、日本語でして下さいました。日本式の披露宴会場と違って、ご両親、ご家族の席が一番前の席。それからお友達…等となり、一番後ろは、何方が入って来るか分からない・・・、兎に角、沢山の方がお越しになるとの事。各方面のお知り合いの方々がみえるそうでした。
披露宴が始まりました。皆さん、着席なさって、新郎新婦の入場。しかし、正面の席に付かれる前に、お席の前に整列して、そこでご出席の方々に、新郎新婦の紹介と、ご両親を紹介するのです。司会者の方は、すべて韓国語での進行です。私は、何を仰ってるのかは、全く理解出来ません。でも、開始前に司会者の方と打ち合わせをしていましたので、どうにかカバーは出来ました。横一列に並ばれた方々を、パンニングしている間、司会者の方は、暫く時間を取って下さいました。全員の撮影を終えた時、私は司会者に向かって、左手を上げて合図、それから、新郎新婦は正面の席にお付きになりました。披露宴の順序は、ホント、韓国式で進行されましたが、打ち合わせ通りにスムーズに撮影は進んでいました。会場の中央付近が、比較的広いスペースが有り、そこに太い柱も有りましたので、柱に沿った部分に三脚を構えて撮影していたのですが、挨拶等が終わった時に、数人の方々が、横長のタイコ等、いろいろの楽器を持ち出して、いきなり演奏が始まったのです。その人数は次から次と増えて、グルグルと円を描きながらの踊りと演奏だったのですが、私はいつの間にか、その踊りの円の中心に位置する様になっていたのです。私は韓国式の宴会等は、全くの初めてでしたので、カメラマンが真ん中に居る事に、非常に違和感を覚えました。しかし、カメラマンですから、その位置から、皆さんのお姿、お顔を撮影した段階で、テープをストップ、踊りの円の外に移動させて頂きました。司会の方は、私宛てに時たま日本語でも仰って頂きましたので、どうにか無事、撮影は完了しました。披露宴の前に、詳細な式次第等を司会者の方と打ち合わせをしていましたので、ホント、助かりました。日本式で無い結婚式、披露宴は、この時、一度だけでしたが、良い経験をさせて頂きました。

2017年6月7日水曜日

6月7日 本日 梅雨に入りました

今年は早くから、梅雨も明けたかと思うような、真夏かと間違うような高温の毎日が続きました。昨晩から降り始めた雨、本日、梅雨入りをしました…との、報道がされています。小雨ではありますが、雨の中、少しは涼しくなって元気を取り戻したのでしょうか。今日は、前回とは異なる、鮮やかな姿を開いて呉れました。明日には、又、隣の花を開いてくれるでしょう。
手抜きをしないで、私も毎日、散水に努めますので、どうぞ元気に頑張って下さい。

2017年6月6日火曜日

土日はブライダルのビデオカメラマン


Kazuyuki (カメラと共に)

何年前になりますか…、この写真にあります業務用のビデオカメラ、Sonyの DXC-M3Aを使用していました。現在ではCCDか、或いはCMOSの撮像素子のカメラになっていますが、この当時は真空管を使用していたのです。撮像用の真空管が三色用として3本、当時はそれを三管式と言っていました。電源はポータブルでしたら後部にバッテリーボックスが取り付け可能で、当時はまだニッカドのバッテリーでしたが、2本をセットする事が出来ました。この時代には、未だカメラにビデオはセットされていません。これはカメラ機能のみしか有りません。従って、動画記録をする為には、このカメラを別のビデオデッキにケーブル接続しないでは、記録する事は不可能です。移動しながらの撮影であれば、携帯用のビデオデッキを左の肩にかけて、カメラは右の肩の上、一人での移動撮影は今から思えば重労働でした。
ホテル等の結構式場からビデオ撮影の注文が入ったものを、私たち委託カメラマンが頂いて、撮影に向かいました。会場には、開始予定時刻の2時間前までには到着する事…と決められていましたので、土日の就業日は、朝早くからの出勤でした。出発前日までに、当日使用するビデオテープの頭部分にタイトル、『〇〇家 〇〇家 ご結婚式・ご披露宴』というタイトルだけを入れて会場に向かいました。会場に付くと、まずはカメラに電源を入れて、真空管を充分温める事から始めます。それから、タイトルに続いて表示されるよう、建物、会場の外観等を撮影、それで、テープの準備は出来ました。撮影会場に入ると、大型のビデオデッキ、私はビクターのVHSデッキ、BR-8600を使用していましたが、そのデッキとカメラをケーブルで接続しなくてはなりません。デッキは大型ですから、会場内を移動する事は不可能です。最近のテレビ局の移動撮影はカメラ、音声、照明、それとディレクターの方々が一緒に行動なさっていますが、ブライダルビデオは、撮影に関してはすべてを一人でカバーしなくてはなりません。私は移動用に30メートルのカメラケーブルを使用していました。長いケーブルを引っ張っての移動ですが、そのケーブルが、皆様の邪魔になる事の無い様に、細心の注意を払っての移動撮影でした。ケーブルは、一般のロープとは違いますので、ケーブルをまとめる時も、ロープをまとめる様にクルクルっとは出来ません。会場内にスペースがあれば、ケーブルを8の字風に巻いてスタンバイ。ケーブルを一方から引っ張ると、ねじれの無い状態で伸びて行く、その様な巻き方? 置き方を習得して、三脚に付けた照明付きのカメラで会場内を自由に移動しての撮影でした。結婚式が約30分、それから披露宴は会場等にもよりますが、おおよそ2時間半くらい。その間、途中での休憩などは一切有りません。常にカメラ操作です。しかし、本当はカメラの操作だけではありません。絶対に失敗は許されませんので、ビデオデッキは2台使用していました。カメラのスタート、ストップに従う物と、もう1台はストップ無し、つまり記録を常時継続しておくのです。こうしておけば、もし万一、カメラのスタート、ストップで撮影出来なかった場面があっても、最悪、修正が可能ですので、その様な方式で撮影を続けました。また、デッキの横には6インチのモニターも置いていました。現場での撮影が終わると、最後にエンドタイトルを入れ、また、お色直しで皆さんが会食のシーンには、BGMを入れて、それで納品用のビデオが完成していました。当時は、VHS、β方式の時代でしたので、極力ダビングをしての納品にならない様、オリジナルテープでの納品を心掛けていました。今は、6月ですよね。6月は結婚式が多いので、私達も大変でした。多い時には、1日で3組の撮影をする事も有りました。会場はほとんどの場合は、京都グランドホテル(今は名称が変わっています)、それから各地の市民会館、弥生会館等にも行きました。これは私にとっては、全て副業でしたから、普段は毎週1日の休みも有りませんでした。土日が仏滅になると、その日はお休みでした。今から思えば、ホント、若かったのでしょうね、休みなどは欲しいとも思いませんでした。当時のカメラ、VHSビデオデッキ等も未だ大切に保存していますが、もう使用する事もないでしょう。画質では、最近のカメラには勝てません。記念品として、大切に保管しています。

梅雨 まぢか・・・

 明日から天気が崩れて、梅雨入りも間近…とか。今朝は、雲ひとつない晴天に恵まれています。久しぶりに庭に出て、散水をしました。庭いっぱいに、咲き誇る花に、水をまく手を止めては、美しい姿を、次から次と眺めて回りました。
先日撮影したアマリリス。その隣では、次に花を開こうと、3つの大きな蕾が、今にも開きそうなくらいに大きくなっていました。
庭に咲く花たちを眺めていると、今、報道機関各社から指摘されている、情けない姿の政治の事をも忘れて、心が癒やされる思いです。

2017年6月3日土曜日

今朝 元気いっぱいです

庭の片隅、昨日は、今にも張り裂けるみたいに、大きく膨れ上がっていた蕾、けさは、曇り空の下ですが、元気いっぱいに大きく開いて呉れました。この数日、毎晩、激しい雷雨が続いていましたが、激しい稲妻をも跳ね返す様な、元気いっぱいの姿に、思わず目を引かれました。例年になく、梅雨よりも早くからの猛暑。暑さに負けかけていましたが、ガンパレッ!と、元気づけられる様な思いがします。
 年齢を重ねて来た私達は、猛暑に参りかけていましたが、これで少しは元気付けられて、腰を伸ばして腰を伸ばして、歩かなくては…と、勇気づけられる様な思いです。
 過去の撮り溜めた動画の整理、しばらくは休んでいましたが、今日から、もう一度頑張ってDISK保存を再スタートしよう。

2017年5月14日日曜日

今年も蕾がイッパイ・・・


今朝、フト庭に出たところ、カボスの木、イッパイに蕾が付いているのに気付きました。裏庭のカボス、昨年は剪定をし過ぎた為に、大きなカボスが5個しか実りませんでした。今年は、花を付ける迄は剪定を控えていたのですか、今朝、フト見ると大きな木、一杯に沢山の蕾を見つけました。何十、
若しかすると何百?  とても、全てを数える事は出来ませんが、ここに植えてから、こんなに沢山の実りは初めてです。表の玄関脇のカボス、昨年は約60個の実を付けましたが、木が大きくなり過ぎたので、少しハサミを入れたところ、今年の実りは少ないみたいです。転勤で大分に行ってからは、カボスの虜になってしまい、大阪に戻ってから通販でカボスの苗を取り寄せて、毎年、実りを楽しんでいるのです。
 これで今年も、おいしいお湯割りが楽しめそうです。

2017年5月1日月曜日

2017年4月26日水曜日

今年も元気いっぱい 満開です






















今年も春がやって来ました。ガレージ横の五月、元気に満開です。この住宅に入ってから、24年目を迎えました。この現在の住宅に入ったのは、大分の転勤から解放されて、大阪に戻ってきた時でした。思い起こせば、会社からの指示で、大分に転勤しました。4年間、という約束でした。大分で4年間、過ごす内に、子供達二人は、二人とも大阪の学校に進学、大分の自宅と、子供達はそれぞれが借家生活。3軒の住宅で、それぞれの生活は、毎年3回の帰省時の面会以外は、それぞれが独立しての生活でした。大阪に帰ってすぐは、堺市にある会社の住宅に入りました。大阪から大分に転勤した時、大阪で住宅を新築した半年後でした。思い起こせば、大分に転勤する時、住宅を新築直後に転勤を命じられたのです。当初は、私一人が大分赴任。家族が大分で一緒に過ごせる住宅を探しました。しかし、大阪と違って、大分では貸家は数が少ないのです。そこで、わたしは、休日等、新築する為の宅地を大分市内で探し回ったのです。幸いにも、住宅地の中に約50坪の更地を見付けることができました。その土地に住宅を新築しようと、現地の一級建築士の方に設計を依頼しました。ところが、その設計図面を見て、びっくりしました。1階は大きな和室が1部屋だけ、2階も2部屋しかありませんでした。これでは、親子4人の生活が成り立たない…と、その設計は破棄、私が自らの手で、設計図を書き上げたのです。設計図ではないですね、住宅の間取り図です。1階は16畳のLDK、6畳の和室、あと勿論バストイレ。2階は6畳の和室と洋間、3部屋と、トイレ。それと、私の趣味の部屋、3畳でしたが、無線機、パソコン等で一杯でした。この間取り図を、大分の一級建築士の方にお見せしたところ、これは良いわーーーと、大絶賛。
新築工事は3カ月かかりました。毎週日曜日は、現場に赴いて、進行を見守り、ビデオカメラで撮影、私からのコメント等も加えて、大阪の自宅宛に送ったものでした。
新年度になって、子供達も全員大分に集合。久しぶりに親子4人が、全員揃いました。
しかし、その翌年には息子が、4年後には娘が、それぞれ大阪に進学、再び、子供達とは別居になったのです。4年間の転勤・・・という約束が、6年経過して、やっと大阪への復帰が許されました。転勤前の大阪の新築住宅、又、大分で新築した住宅も全部売却していましたので、又も再び、大阪での宅地探しからスタートしました。転勤前も高槻市でしたが、高速道路も新幹線の利用にも都合の良い、高槻市で宅地を探しました。だけど、なかなか事は進まず、止む無く、新築ではありますが、私の設計ではない建売住宅を購入したのです。入居したのが3月でしたので、その年には五月はまだ花は付けていませんでした。それから数えて、24年。思えば長い事、ガレージ横で、毎年元気に割いてくれています。これからも、ひとつ、よろしくお願いします。

2017年4月2日日曜日

春は すぐそこまで・・・

朝から晴天に恵まれて、空は雲ひとつありません。庭に植えた鉢植えの『あんず』。植えてから、もう何年経ちましたかね、
ふと見ると、初めて花を咲かせてくれました。枝はつぼみで 一杯になっています。何年も経っていますので、「えっ、これ何の木だった?」
根っこ近くに、写真付きの名札が付いていました。
『あんず』と。今年は、初めてだけど、実をつけてくれるのでしょうか・・・。これからの成長を楽しみにしています。
今年、65年以上前の、小学校の仲間たちと、メールでつながりました。
今年6月2日に銀座で同期会を開くそうです。6月2日といえば金曜日。
私は残念な事に、月水金はクリニックで血液透析。血液透析をパスしてでも、
ホントは出席したいのですが、しかし、今年は、諦めます。
写真は絶対に送って下さい・・・と、お願いしていますので、その写真が届くのを、今から楽しみにしています。